Content CMS
Prompt Dashboard
YOUTUBE ネタ管理
BLOG ネタ管理
プロンプト管理
YOUTUBE ネタ管理
스토리 소재를 관리하고 대본 제작을 준비합니다.
未処理ネタ (0)
確認済ネタ (138)
台本作成中 (0)
台本完成 (5)
投稿済 (0)
Neta List
ID
タイトル
STATUS
361
親からの結婚祝い。 本当に50万円とか100万円とか皆んな渡してるんですか? 知恵袋を見てい...
「十万円は、少なすぎる」 その一文を見た瞬間、 指が止まりました。 湯のみを持ったまま、 私はしばらく、 画面から目を離せませんでした。 少なすぎる。 その言葉だけが、 妙にくっきり残ったんです。 私はただ、 結納をしないことについて、 聞きたかっただけでした。 それなのに、 返ってきたのは、 祝い金の額の話ばかりでした。 五十万円。 百万円。 中には、 二百万円と書いている人までいた。 そんな文字を見ているうちに、 自分が急に、 ひどく情けない親のように思えてきたんです。 手の中の湯のみが、 少し熱くなっていました。 でも、 置くこともできませんでした。 時計の音だけが、 やけに大きく聞こえていました。 カチ、 カチ、 カチ。 何をそんなに責められているんだろう。 そう思ったんです。 けれど、 責められているわけではないのかもしれない。 ただ、 世の中の普通というものを、 私は知らなかっただけなのかもしれない。 そう思うと、 余計に苦しくなりました。 十万円。 私はその額を、 決して軽く考えていたわけではありません。 少ないとも思っていなかったんです。 むしろ、 うちとしては十分に、 気持ちを込めた額のつもりでした。 それでも、 画面の向こうでは、 それがまるで、 話にならないように書かれている。 ああ、 私は世間知らずだったのか。 そんなことまで思ってしまって、 胸のあたりが、 じわじわ重くなっていきました。 その時のことを、 今でも覚えています。 夕方の光が、 カーテンの隙間から細く入っていて、 部屋の中が少し黄ばんで見えました。 食卓の上には、 読みかけの紙と、 冷めかけたお茶。 誰もいない部屋で、 私だけが、 小さく取り残されたような気持ちになっていました。 本当にそんなに出すものなんですか。 親というのは、 子どもが結婚する時、 五十万も百万円も渡すものなんですか。 私はその問いを、 何度も頭の中で繰り返していました。 友達に聞いたこともあります。 同僚にそれとなく話したこともありました。 でも返ってくるのは、 そんなに派手な話ではなかったんです。 何もなしだったよ。 十万円くらいかな。 家電を買ってもらったよ。 そのくらいの話が多かった。 だから私は、 なおさら分からなくなったんです。 私のまわりが特別なのか。 それとも、 ああいう場所に書き込む人たちが特別なのか。 考えても、 すぐには答えが出ませんでした。 ただ、 あの「少なすぎる」という一言が、 思った以上に胸に刺さっていたんです。 私はべつに、 出せないわけではありません。 百万円だって、 出そうと思えば出せる。 一千万円だって、 絶対に無理というわけではない。 でも、 そういう話ではないと思っていました。 出せるかどうかより、 出してしまって本当にいいのか。 そこが、 私には引っかかっていたんです。 子どもが結婚したら、 それで終わりじゃありません。 その先に、 またいろんな節目がある。 孫が生まれるかもしれない。 生まれたら、 出産祝いがある。 七五三もあるかもしれない。 入学祝いもあるでしょう。 誕生日だってある。 お年玉もある。 子どもが一人とは限らない。 孫が何人になるかも分からない。 そうやって考えていくと、 最初に大きく出してしまうことが、 急に怖くなったんです。 私は、 ケチだから悩んでいるんだろうか。 そうも思いました。 けれど、 それとも少し違う気がしたんです。 子どもに迷惑をかけたくない。 老後に、 面倒を見てもらう前提で生きたくない。 そのために、 できるだけ残しておきたい。 その気持ちは、 ずっとありました。 若い頃のように、 勢いだけでは動けません。 この年になると、 お金というのは、 使ったあとより、 残っていることのほうが心の支えになる時がある。 それを知ってしまっているからです。 それなのに、 世間では、 高額を出すのが当たり前のように言われる。 もし本当にそうなら、 私は親として失格なんだろうか。 十万円しか考えない私は、 子どもに対して冷たいんだろうか。 そんなふうにまで、 考えるようになっていました。 情けない話です。 本当は、 結納をしないことについて、 聞きたかっただけなんです。 形として整えなくても、 今どきはそういうものなのか。 それとも、 何か失礼に当たるのか。 そのあたりを知りたかっただけでした。 なのに、 気がついたら私は、 親としての値打ちを試されているような気持ちになっていた。 金額で、 気持ちまで見られているような、 あの感じ。 あれが、 思った以上につらかったんです。 私はこれまで、 祝いごとは、 その家に合った形でいいと思ってきました。 無理をして見栄を張るより、 できる範囲で、 気持ちよく渡せるほうがいい。 そう思っていたんです。 けれど、 あの日を境に、 その考えが急に揺らぎました。 できる範囲でいい。 本当にそうなんだろうか。 それは、 出せない側の言い訳なんじゃないか。 もっと出せるのに出さない私は、 結局、 子どもが可愛くない親なんじゃないか。 そこまで考えるようになって、 自分でも驚きました。 たった数行の言葉で、 こんなに気持ちが乱されるんだなと思いました。 食卓の椅子に座ったまま、 私はしばらく動けませんでした。 湯のみのお茶はもう冷めていて、 夕方の光も少しずつ薄くなっていました。 カーテンの向こうが暗くなるにつれて、 胸の中のざわつきだけが、 かえって目立ってくる気がしたんです。 本当に、 みんなそんなに渡しているんだろうか。 もしそうなら、 私は何を見て生きてきたんだろう。 友達の話も、 同僚の話も、 私の感覚も、 全部ずれていたんだろうか。 そんなことを考えながら、 私はもう一度、 あの回答の並んだ画面を見返しました。 五十万。 百万円。 二百万円。 その数字ばかりが並ぶ中で、 私はだんだん、 金額の話を見ているのか、 親としての資格の話を見ているのか、 分からなくなってきたんです。 そしてその時、 ひとつの小さな違和感が、 胸の奥に引っかかりました。 こんなに高額の話ばかり出るのは、 本当にそれが普通だからなんだろうか。 それとも―― 書きやすい人だけが、 書いているだけなんだろうか。 そこから、 私の考え方は少しずつ、 別の方向へ向き始めました。 あの違和感は、 小さいくせに、 なかなか消えませんでした。 本当に、 高い金額を出した人ばかりが、 こんなに集まるものなんだろうか。 そう思ってから、 私は少しだけ、 見方が変わりました。 年収の話でもそうです。 景気のいい話は、 口にしやすい。 たくさん出した。 たくさんもらった。 そういう話は、 人前でも言いやすいんでしょう。 でも、 何もしていないとか、 十万円くらいだったとか、 そういう話は、 わざわざ書きにくいのかもしれない。 そんな当たり前のことに、 私はあの時、 やっと気づいたんです。 画面に並んでいたのは、 世の中全部ではなくて、 あくまで、 声の大きい一部なのかもしれない。 そう思った瞬間、 肩のあたりの力が、 少しだけ抜けました。 けれど、 それで全部が楽になったわけではありません。 むしろそこから、 別の気持ちが出てきたんです。 私は何に、 こんなに傷ついたんだろう。 金額の話そのものより、 「十万円しか出さない親」 そう見られた気がしたことが、 つらかったんだと思います。 子どものことを、 大事に思っていない親。 お金を惜しむ親。 そのように、 決めつけられた気がしていたんです。 でも実際には、 惜しんでいたわけではありません。 考えていたんです。 この先のことを。 結婚したあとにも、 暮らしは続いていく。 子ども夫婦の生活もあるし、 こちらの老後もある。 嬉しい出来事は、 結婚だけでは終わりません。 孫が生まれることもあるでしょうし、 節目ごとに、 また何かしてあげたいと思うかもしれない。 そのたびに、 できる範囲で、 無理なく手を差し出せるほうが、 私はいいと思っていました。 最初に大きく出して、 あとで苦しくなるよりも、 その時その時で、 ちゃんと応えられるほうがいい。 そう考えるのは、 そんなにおかしなことなんだろうか。 誰もいない部屋で、 私はそんなことを何度も考えていました。 時計の音は相変わらずで、 湯のみの底には、 冷めたお茶が少しだけ残っていました。 私はその時、 うちの貯金のことまで、 頭の中で数え始めていました。 充分にあるとは言えない。 かといって、 まったく無いわけでもない。 でも、 大きな顔をして、 いくらでも出せると言えるほどではない。 この先、 何があるか分からない。 病気をするかもしれない。 働けなくなるかもしれない。 想像していなかった出費が、 急に来ることだってある。 この年になると、 そういうことを、 見ないふりはできません。 若い頃なら、 勢いで出していたかもしれません。 けれど今は、 勢いだけで動くことが、 かえって怖いんです。 子どもに、 老後の面倒をかけたくない。 その気持ちは、 見栄よりもずっと強かった。 だから私は、 高額なお祝いを出さないことを、 冷たさだとは思えなかったんです。 むしろ逆で、 迷惑をかけないために、 残しておきたい気持ちのほうが、 大きかった。 それなのに、 外から見れば、 ただ渋っている親に見えるのかもしれない。 そこが苦しかったんです。 気持ちというものは、 金額だけでは測れないはずなのに、 数字が並ぶと、 どうしてもそちらが強く見えてしまう。 五十万。 百万円。 二百万円。 その数字の前では、 十万円が、 ひどく小さく見えてしまう。 でも、 十万円だって、 軽い金額ではありません。 それを出すまでに、 その人なりの暮らしがあって、 その人なりの計算がある。 本当は、 そこを見ないといけないのに。 私はそこまで考えて、 ふと、 友達の言葉を思い出しました。 「うちは何もなかったよ」 その時は、 何とも思わなかったんです。 そういう家もあるんだな、 くらいでした。 でも今思うと、 その一言には、 変な見栄がまるでなかった。 あるものをあるまま言っているだけで、 それ以上でも以下でもなかった。 たぶん、 実際の暮らしというのは、 そういうものなんでしょう。 派手ではない。 でも、 それぞれの家に合った形で、 やっている。 私のまわりで、 十万円とか、 家電を買ってあげたとか、 そういう話が多かったのも、 きっとそのせいなんだと思います。 無理なく、 気持ちよく、 できる範囲でやる。 そのほうが、 よほど自然だった。 それなのに私は、 画面の中の大きな数字ばかり見て、 自分の感覚を疑い始めていたんです。 関係が少しおかしくなったのは、 その頃からでした。 子どもと話していても、 どこかで金額のことが引っかかる。 このくらいでは足りないのか。 もっと期待されているんだろうか。 そんなことを、 口には出さないまま、 心の中で勝手に考えてしまうようになったんです。 それまでは、 祝う気持ちのほうが先にありました。 新しい生活が始まる。 無事にこの日を迎えた。 よかったね。 本当なら、 それだけでよかったはずなんです。 なのに、 いつの間にか私は、 「いくら出すのが正しいか」 ばかり考えるようになっていた。 そのせいで、 素直に喜ぶ気持ちが、 少しずつ濁っていったんです。 子どもは何も言っていませんでした。 足りないとも、 もっと欲しいとも、 一度も言わなかった。 だから余計に、 つらかった。 言われたわけでもないのに、 勝手に試されているような気になっていたからです。 決定的だったのは、 祝い金の袋を用意しようとした時でした。 私は机の前に座って、 封筒を見つめたまま、 しばらく動けませんでした。 十万円。 その数字を書けばいいだけなのに、 手が進まなかった。 少ないのではないか。 恥をかかせるのではないか。 向こうの親と比べられるのではないか。 そんなことが、 次から次へと頭に浮かんできたんです。 ただ祝いたいだけなのに。 そのはずなのに、 お金の額ひとつで、 ここまで気持ちが汚れてしまうのかと思いました。 あの時、 いちばん壊れたのは、 親としての自信だったのかもしれません。 私はこれまで、 自分なりに子どものことを考えてきたつもりでした。 必要な時には助けて、 でも、 踏み込みすぎないようにして、 自立の邪魔にならないようにしてきた。 その距離の取り方を、 間違っているとは思っていませんでした。 けれど、 祝い金の話になった途端、 全部が揺らいだんです。 自分の考えより、 見知らぬ人の言葉のほうが、 重くのしかかってきた。 その瞬間、 私はようやく気づきました。 私はお金に悩んでいたんじゃない。 「普通」から外れることを、 怖がっていたんです。 普通の親に見えないこと。 ちゃんとしていないと思われること。 子どもに、 肩身の狭い思いをさせるんじゃないかと、 それが怖かった。 でも、 その「普通」がどこにあるのかは、 最後まで、 はっきりしませんでした。 高額を出す家もある。 何も出さない家もある。 十万円の家もある。 本当は、 それだけのことなんでしょう。 それぞれの家に、 それぞれの事情がある。 そこに優劣をつけてしまうから、 こんなに苦しくなる。 そう頭では分かっても、 いったん刺さった言葉は、 簡単には抜けませんでした。 「十万円は、少なすぎる」 あの一言は、 結局、 金額の話だけでは終わらなかったんです。 あれを境に、 私は祝い方より先に、 親としてどう見られるかを気にするようになってしまった。 そしてその時、 何かが静かに壊れた気がしました。 本当は喜ぶための日だったはずなのに、 私はその入り口で、 立ち止まってしまったんです。 あの日、 封筒の前で止まっていた手は、 結局、 そのまましばらく動きませんでした。 十万円。 たったそれだけの数字なのに、 どうしてこんなに重く感じるのか、 自分でも分かりませんでした。 誰もいない部屋で、 私はそのまま座っていました。 時計の音だけが、 静かに響いていました。 カチ、 カチ、 カチ。 夕方の光が、 カーテンの隙間から入ってきて、 机の上の封筒を、 少しだけ照らしていました。 その光の中で、 私はふと思いました。 私は、 何をこんなに怖がっているんだろう、と。 子どもは、 何も言っていない。 足りないとも、 不満だとも、 一度も言っていない。 それなのに私は、 勝手に誰かの声を借りて、 自分を責めていた。 見えない誰かに、 「少ない」と言われることを、 恐れていたんです。 でも、 その誰かは、 私の生活を知っているわけでもないし、 これからのことを、 一緒に考えてくれるわけでもない。 そう思った時、 少しだけ、 力が抜けました。 私はゆっくり、 封筒に手を伸ばしました。 筆を取って、 数字を書きました。 十万円。 それを書いた瞬間、 なぜか、 ほっとしたんです。 大きな決断をしたわけでもないのに、 やっと自分の場所に戻ってきたような、 そんな感覚でした。 完璧ではないかもしれない。 誰かから見れば、 少ないと思われるかもしれない。 それでも、 これが今の私にできる形なんだと、 その時は、 素直に思えました。 食卓に座ると、 湯のみのお茶はすっかり冷めていて、 少し苦味が残っていました。 私はそれを一口飲んで、 ゆっくり息を吐きました。 その夜、 子どもと顔を合わせた時も、 特別なことは言いませんでした。 ただ、 「おめでとう」とだけ伝えました。 それで十分だと思ったんです。 その言葉の中に、 今までのことも、 これからのことも、 全部入っているような気がして。 子どもは、 いつも通りの顔で、 「ありがとう」と言いました。 それ以上でも、 それ以下でもない、 ただそれだけのやり取りでした。 でも私は、 その一言で、 少し救われた気がしました。 もしかしたら、 祝いごとというのは、 本当はそんなものなのかもしれません。 形や金額よりも、 その時に、 きちんと向き合えているかどうか。 それだけなのかもしれない。 それでも、 ときどき思い出します。 あの言葉を。 「十万円は、少なすぎる」 あれがなかったら、 ここまで考えることもなかったのかもしれません。 悩むことも、 迷うことも、 なかったのかもしれない。 でも、 あの一言があったからこそ、 自分の中にあったものを、 ちゃんと見た気もしています。 怖がっていたこと。 守りたかったもの。 譲れない線。 それを、 あらためて知ったような気がします。 これから先も、 きっと、 いろんな場面で迷うんだと思います。 何が正しいのか、 何が普通なのか、 分からなくなることもあるでしょう。 でもそのたびに、 また同じように考えて、 また同じように、 自分なりの形を選ぶしかない。 それでいいのかどうかは、 最後まで分からないままかもしれません。 それでも、 あの日、 封筒に書いた数字だけは、 今の私にとっては、 間違っていなかったような気がしています。
文字数: 0
保存
投稿完了
未処理
確認済
台本作成中
台本完成
投稿済
42
息子を取られてしまいました。 一人息子を持つ60代の母です。本日も皆さまのお知恵をお借りした...
①【核となる事実】 ・60代後半の母で、一人息子がいる ・息子は結婚して3年目 ・2歳の孫(男の子)がいる ・息子夫婦は近くに住んでいる ・以前は月2回ほど家に来ていた ・今年に入ってから一度も来ていない ・誘っても出張や予定を理由に断られる ・お盆の墓参りも断られた ・母は嫁が息子に悪いことを吹き込んでいると感じている ・息子は母の話を聞かなくなった ・8か月間会えていない ・会いに来てほしいと頼んでも無視されている ・最近、友人が亡くなり孤独を強く感じている ・息子を取られたような気持ちを抱いている ・昔の素直な息子に戻ってほしいと願っている ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート1】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「もう、行かないから」 その一言で、 手が止まりました。 湯のみを持っていた指が、 わずかに震えて、 中のお茶が揺れました。 耳に入ったはずなのに、 意味が、 すぐには入ってきませんでした。 今、 なんて言ったのか。 行かない? どこに? どういう意味? 頭の中で、 同じ言葉が何度も回って、 うまく繋がらない。 息が、 浅くなっていました。 電話の向こうで、 息子は、 それ以上何も言いませんでした。 沈黙だけが、 続いていました。 時計の音が、 やけに大きく聞こえました。 カチ、 カチ、 カチ。 私は、 何か言わなければと思ったのに、 言葉が出てきませんでした。 ただ、 湯のみを持ったまま、 その場に立ち尽くしていました。 「……どうして?」 やっと出た言葉は、 それだけでした。 でも、 返事はありませんでした。 少し間があって、 通話は、 切れてしまいました。 私はしばらく、 そのまま立っていました。 誰もいない部屋で、 電話を持ったまま。 夕方の光が、 カーテンの隙間から入ってきて、 床の上に細く伸びていました。 その光を見ながら、 私はやっと、 さっきの言葉の意味を、 ゆっくり理解しました。 ――もう、来ない。 そういうことなんだと。 胸の奥が、 すっと冷たくなりました。 何かが、 静かに切れたような、 そんな感覚でした。 思い返せば、 おかしいことは、 いくつもあったんです。 今年に入ってから、 一度も来ていない。 新年の挨拶も、 顔を見せなかった。 「週末どう?」と聞いても、 出張だとか、 予定があるとかで、 全部断られてきました。 それでも私は、 たまたま忙しいだけだと思っていました。 そういう時期もあると、 自分に言い聞かせていました。 でも、 お盆の時は、 さすがに変だと思いました。 「お墓参り、一緒にどう?」 そう聞いた時、 返ってきたのは、 「もう行った」 たったそれだけでした。 その言い方が、 妙に冷たくて、 胸のどこかに引っかかりました。 でも私は、 深く考えないようにしていたんです。 考えたら、 何かが壊れてしまいそうだったから。 だから、 見ないふりをしてきました。 忙しいんだろう。 子どもも小さいし、 大変なんだろう。 そうやって、 理由を並べて、 納得しようとしていました。 でも今日のあの一言で、 全部が繋がってしまったんです。 ああ、 来られなかったんじゃない。 来なかったんだと。 そう思った瞬間、 胸の奥がぎゅっと縮みました。 私は、 台所の椅子に座り込みました。 食卓の上には、 さっきまで用意していたおかずが、 そのまま並んでいました。 来るかもしれないと思って、 少し多めに作っていたんです。 それが、 急に、 無意味なものに見えました。 湯のみを置いても、 手の震えが止まりませんでした。 どうして。 どうしてこんなことになったのか。 頭の中で、 同じ言葉がぐるぐる回っていました。 私は、 息子のことを、 ずっと見てきたつもりでした。 生まれた時から、 ずっと。 どんな時に笑うのかも、 どんな時に困るのかも、 全部分かっているつもりでした。 あの子は、 あんな言い方をする子じゃなかった。 優しくて、 素直で、 人の気持ちをちゃんと考えられる子でした。 それが、 どうしてこんなふうに変わってしまったのか。 そこが、 どうしても分かりませんでした。 ひとつだけ、 思い当たることはありました。 結婚してからです。 あの子が変わったのは、 あの人と一緒になってから。 そう思うと、 胸の奥に、 重たいものが溜まっていきました。 あの人が、 何か言っているんじゃないか。 私たちのことを、 悪く言っているんじゃないか。 そう考えると、 じっとしていられませんでした。 でも、 確かめることはできませんでした。 息子はもう、 話を聞いてくれないからです。 何を言っても、 耳を貸さない。 それが、 一番つらかった。 私はただ、 前のように戻ってほしいだけなんです。 あの、 何でも話してくれた頃に。 笑いながら、 家に来てくれていた頃に。 それだけなのに。 それだけなのに、 どうしてこんなに遠くなってしまったのか。 時計の針が、 また一つ進みました。 カチ、と。 その音を聞いた時、 私はふと思い出しました。 最後に顔を見たのは、 いつだったか。 数えてみると、 もう八か月も経っていました。 そんなに長い時間、 会っていなかったことに、 その時初めて気づいたんです。 八か月。 そんなに離れてしまったのかと、 自分でも驚きました。 すぐ近くに住んでいるのに。 ほんの少し車を走らせれば、 来られる距離なのに。 それなのに、 会えない。 その現実が、 急に重くのしかかってきました。 私はそのまま、 食卓に肘をついて、 顔を覆いました。 どうして。 どうしてこんなことになったのか。 その答えを、 私はまだ、 知らないままでした。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート2】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あの日から、 電話はかけていません。 正確に言えば、 何度かかけようとして、 やめました。 呼び出し音が鳴って、 出なかったらどうしよう。 そう思うと、 指が動かなくなるんです。 あの一言を聞いてから、 何かが、 変わってしまいました。 それまでは、 断られても、 また誘えばいいと思っていました。 忙しいだけだと、 信じていました。 でも今は、 違います。 断られているんじゃない。 避けられている。 そう思うと、 一歩も踏み出せなくなりました。 食卓に座っていても、 つい、 椅子の数を見てしまいます。 前は、 自然と増えていた席。 孫の小さな声が、 部屋のどこかに残っていた気がするのに、 今は、 静かすぎる。 湯のみの音だけが、 やけに響きます。 カタン、と置く音が、 大きく感じる。 こんなに音がしただろうかと、 思うくらいに。 私は、 何度も考えました。 どこで間違えたんだろうと。 何か、 言ってはいけないことを言ったのか。 何か、 してはいけないことをしたのか。 でも、 思い出そうとしても、 はっきりしたことは出てきませんでした。 だから余計に、 分からないまま、 苦しくなっていくんです。 ひとつだけ、 どうしても頭から離れないことがありました。 あの人です。 息子の奥さん。 あの子が変わったのは、 結婚してから。 それは、 どう考えても、 偶然とは思えませんでした。 何か言われているんじゃないか。 私たちのことを、 悪く言われているんじゃないか。 そう思うと、 胸の奥がざわつきました。 確かめようとしたこともあります。 それとなく、 話を振ったこともありました。 でもそのたびに、 息子は、 はっきりしない返事しかしませんでした。 「別に何もないよ」 そう言うだけで、 それ以上は、 話そうとしない。 その態度が、 余計に、 何かを隠しているように見えました。 私は、 納得できませんでした。 あの子は、 そんな子じゃなかったはずです。 何でも話してくれて、 困ったことがあれば、 すぐに頼ってきた。 それが、 どうしてこんなに、 距離を置くようになったのか。 理解できませんでした。 私は、 ずっと見てきた母親なんです。 生まれてから、 ずっと。 あの子が無理をしているかどうかくらい、 分かります。 今のあの子は、 どこか、 無理をしている。 そう感じていました。 だからこそ、 余計に、 許せなかったんです。 あの人が。 息子を、 こんなふうに変えてしまった。 そう思うと、 どうしても、 感情が抑えられませんでした。 ある日、 思い切って、 「会いに来てほしい」と、 メッセージを送りました。 八か月も会っていない。 顔だけでも見せてほしい。 そう書いたんです。 でも、 返事は来ませんでした。 既読もつかないまま、 時間だけが過ぎていきました。 その画面を見ながら、 私はしばらく動けませんでした。 無視されている。 その事実が、 じわじわと、 体に染み込んできました。 胸の奥が、 重く、 沈んでいく感じでした。 息が、 うまく吸えませんでした。 その時、 はっきり思ってしまったんです。 ――取られてしまった。 私の息子が。 そう思った瞬間、 涙が出ました。 静かに、 勝手に流れてきました。 止めようとしても、 止まりませんでした。 私は、 何をそんなに失ったんだろう。 そう考えた時、 自分でも驚きました。 息子は、 いなくなったわけじゃない。 同じ街にいる。 元気に暮らしている。 それなのに、 どうしてこんなに、 遠く感じるのか。 私は、 その理由が分からないまま、 ただ苦しくなっていました。 少し前に、 友人が亡くなりました。 同じくらいの年で、 よく一緒に出かけていた人でした。 その知らせを聞いた時、 胸の奥が、 ひどく冷たくなりました。 人は、 こんなふうに、 いなくなるんだと。 そして、 気づいたんです。 私はもう、 若くない。 会いたい人に、 いつでも会える時間が、 無限にあるわけじゃない。 それなのに、 息子とは会えない。 その現実が、 急に、 怖くなりました。 このまま、 会えないまま終わるんじゃないか。 そんな考えが、 頭をよぎりました。 それが、 一番つらかった。 だから私は、 余計に、 元に戻ってほしいと思ってしまうんです。 あの頃に。 何も考えずに、 「ただいま」と入ってきてくれた頃に。 孫の声が、 部屋に響いていた頃に。 その時間に戻れたらと、 何度も思いました。 でも、 戻らないことも、 どこかで分かっていました。 それでも、 諦めきれなかった。 息子は、 私の子なんです。 その気持ちが、 どうしても、 消えませんでした。 そしてその時、 はっきり壊れた気がしました。 母としての距離が。 私はまだ、 近くにいるつもりだったのに、 向こうは、 もう違う場所に立っていたんです。 それに気づいた瞬間、 私は、 何もできなくなりました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート3】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あれからも、 部屋の静けさは変わりません。 食卓に座ると、 向かいの椅子が、 やけに遠く感じます。 前は、 そこに誰かがいたはずなのに。 孫の小さな手が、 テーブルを叩く音がしていた気がするのに。 今は、 湯のみを置く音だけが、 ぽつんと残ります。 カタン、と。 その音を聞くたびに、 私は少しだけ、 息を止めるようになりました。 時計の針は、 相変わらず動いています。 カチ、 カチ、 カチ。 あの子と会わなくなってからも、 時間だけは、 変わらず進んでいくんですね。 私は、 何度も考えました。 どうすればよかったのか。 どこで間違えたのか。 でも、 いくら考えても、 はっきりした答えは出てきませんでした。 ただ一つ、 今になって思うことがあります。 私は、 あの子を、 ずっと自分の中に置いたままだったのかもしれません。 大人になっても、 結婚しても、 どこかで、 「私の息子」のままにしていた。 それが、 当たり前だと思っていました。 母親なんだからと。 でも、 あの子は、 もう別の場所で生きている。 家庭を持って、 自分の時間を持って、 そちらを大事にしている。 それだけのことなのかもしれません。 そう考えると、 少しだけ、 胸の奥の重さが変わる気がしました。 あの人に、 取られたわけじゃないのかもしれない。 あの子が、 自分で選んだだけなのかもしれない。 そう思おうとしても、 すぐには、 うまくいきません。 やっぱり、 悔しい気持ちも残っています。 寂しさも、 消えません。 それでも、 前のように戻ってほしいと、 強く思うことは、 少しずつ減ってきました。 戻らないものを、 無理に引き戻そうとしても、 もっと遠くなるだけかもしれないと、 やっと、 思えるようになったんです。 ある日、 誰もいない部屋で、 カーテンを少し開けました。 夕方の光が、 ゆっくりと差し込んできて、 床に広がりました。 その光を見ながら、 私はしばらく立っていました。 静かでした。 本当に静かでした。 でも、 前のような、 押しつぶされるような静けさではなかったんです。 ただ、 音がないだけの空間。 その中に、 自分がいる。 それだけのことのように感じました。 息子のことは、 今でも考えます。 元気にしているのか。 無理をしていないか。 孫は大きくなっただろうか。 そんなことばかりです。 連絡を取りたいと思うこともあります。 声を聞きたいと思うこともあります。 でも、 すぐには動きません。 あの一言が、 まだどこかに残っているからです。 「もう、行かないから」 あの時の空気も、 手の震えも、 全部残っています。 忘れたわけではありません。 たぶん、 これからも忘れないと思います。 それでも、 少しずつ、 考え方は変わってきました。 会えない時間も、 あの子の人生の一部なんだと。 そこに、 私がいない時間があるのも、 仕方のないことなんだと。 そう思える瞬間が、 増えてきました。 完全ではありません。 今でも、 急に胸が苦しくなることもあります。 でも、 それでもいいのかもしれないと、 思っています。 私は、 母親です。 それは変わりません。 でも、 それだけで、 すべてが繋がっていられるわけではない。 それもまた、 事実なんだと、 今は思っています。 あの子が、 また来る日があるのかどうかは、 分かりません。 このまま、 会えないままなのかもしれません。 それでも、 私は、 この場所で暮らしていきます。 湯のみを手にして、 時計の音を聞いて、 夕方の光を見ながら。 その中で、 時々、 あの子のことを思い出す。 それくらいの距離で、 今は、 いいのかもしれません。
文字数: 0
保存
投稿完了
未処理
確認済
台本作成中
台本完成
投稿済
38
63歳、女性です。 お嫁さんとの関係がこじれてしまいました。 どうしたら良いでしょうか? 主...
①【核となる事実】 ・63歳女性、夫は65歳 ・息子は結婚しており嫁がいる ・嫁との関係が悪化している ・夫が嫁の態度について息子に苦言を言った ・内容は、挨拶をしない・忙しそうにして話さない・嫌そうな態度など ・孫と出かけることも嫌がられていると感じていた ・息子から、嫁だけでなく夫の言動にも問題があると指摘された ・夫は空気が読めず失礼な発言が多い ・嫁はそれに傷ついていた ・妻である私はそれを止められなかった ・息子から「しばらく会いたくない」と言われた ・電話や訪問も控えるように言われた ・夫は指摘を受けても激昂し聞く耳を持たない ・私は夫を止められないことを自覚している ・関係を修復したいと悩んでいる ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート1】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「しばらく、来ないでほしい」 その言葉で、 手が止まりました。 湯のみを持っていた指が、 ぴたりと動かなくなって、 中のお茶が、 静かに揺れていました。 今、 何を言われたのか。 来ないでほしい? 誰が? 私たちが? 頭の中で言葉をなぞっても、 意味が、 すぐには繋がりませんでした。 息が、 少し詰まったようになって、 声が出ませんでした。 電話の向こうで、 息子は続けました。 「しばらくは、会いたくないって」 その「って」という言い方で、 私はやっと、 誰の気持ちなのかを理解しました。 お嫁さんが。 会いたくないと。 そう言っているんだと。 胸の奥が、 すっと冷たくなりました。 時計の音が、 やけに大きく聞こえました。 カチ、 カチ、 カチ。 私は、 何か言わなければと思ったのに、 言葉が出てきませんでした。 ただ、 湯のみを持ったまま、 その場に立ち尽くしていました。 「……どうして?」 やっと出た言葉は、 それだけでした。 でも、 返ってきたのは、 思っていたものとは違いました。 「お嫁さんだけじゃないよ」 その一言で、 体の中が、 ぐっと重くなりました。 「今までの父さんの言動で、 かなり傷ついてるって」 私は、 何も言えませんでした。 言葉が、 全部、 どこかに行ってしまったようでした。 「それを止めなかった母さんも、 同じだと思う」 その言葉を聞いた時、 指先の力が抜けて、 湯のみを、 落としそうになりました。 なんとか持ち直しましたが、 中のお茶が、 ふちまで揺れていました。 私も……? その考えが、 頭の中で、 うまく形になりませんでした。 責められているのか、 ただ伝えられているのか、 それすら分からなかった。 ただ、 体の奥に、 じわじわと重たいものが広がっていきました。 「だから、しばらくは……」 そこから先の言葉は、 あまり覚えていません。 気がついたら、 電話は終わっていました。 私はしばらく、 その場に立ったままでした。 誰もいない部屋で、 電話を握ったまま。 夕方の光が、 カーテンの隙間から入って、 床に細く伸びていました。 その光を見ながら、 私はゆっくり、 今の言葉を思い返していました。 来ないでほしい。 会いたくない。 私も同じ。 その一つ一つが、 少しずつ、 胸の奥に落ちてきました。 思い返せば、 違和感はありました。 お嫁さんの態度が、 どこかよそよそしかったこと。 挨拶も、 どこかぎこちなくて、 目を合わせないこともあった。 家に行っても、 忙しそうに動いていて、 ゆっくり話す時間がないこと。 孫と出かけようとすると、 少し困ったような顔をすること。 その一つ一つに、 私は引っかかりを感じていました。 でも、 深く考えないようにしていました。 忙しいんだろう。 子育てで大変なんだろう。 そう思うことで、 納得しようとしていたんです。 主人は違いました。 はっきり言う人でした。 空気を読むより、 思ったことをそのまま口に出す人で、 それが、 相手にどう伝わるかまでは、 あまり考えない人でした。 私はそれを、 分かっていたはずでした。 でも、 止められなかった。 その場で、 「それは言い過ぎよ」と言えばよかったのに、 後から、 「ちょっとあれは…」と、 小さく言うだけで終わっていました。 その繰り返しでした。 今思えば、 あの時のお嫁さんの顔が、 少し曇っていた気がします。 でもその時は、 深く考えませんでした。 考えたら、 面倒なことになる気がして。 そのまま流してしまった。 それが、 こんな形で返ってくるなんて、 思ってもいませんでした。 「私も同じ」 あの言葉が、 何度も頭の中で繰り返されました。 私は、 何をしていたんだろう。 ずっと、 横で見ていただけだったのか。 止めることもできず、 守ることもできず、 ただ、 その場をやり過ごしていただけだったのか。 食卓に座ると、 向かいの椅子が、 やけに遠く感じました。 前は、 そこに誰かが座っていた気がするのに。 今は、 誰もいない。 湯のみを置く音だけが、 ぽつんと響きました。 私はその音を聞きながら、 やっと思いました。 ああ、 これは、 お嫁さんの問題だけじゃなかったんだと。 そして同時に、 どうして、 もっと早く気づけなかったのかと。 その答えは、 まだ分からないままでした。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート2】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あの日から、 家の中の空気が、 少し変わりました。 何かを言いかけて、 やめることが増えました。 主人と顔を合わせても、 自然と会話が短くなるんです。 あの電話のあと、 私は主人に、 息子の言葉をそのまま伝えました。 お嫁さんが傷ついていたこと。 そして、 それはあなたの言動が原因だということ。 最初は、 黙って聞いていました。 でも、 しばらくして、 急に声を荒げました。 「何が悪いんだ」 その一言で、 私は言葉を失いました。 主人の顔は、 怒りで赤くなっていました。 「思ったことを言っただけだろう」 そう言い切る声は、 昔と変わりませんでした。 私は、 その顔を見ながら、 何も言えませんでした。 言えばまた、 強く返されると分かっていたからです。 それでも、 言わなければいけなかったのに。 あの時も、 結局、 私は黙ってしまいました。 それが、 一番いけなかったのかもしれません。 主人は、 それ以上話を聞こうとしませんでした。 「そんなことで会わないなんて、 向こうがおかしい」 そう言って、 話は終わってしまいました。 私は、 その背中を見ながら、 何もできませんでした。 止めることも、 納得させることも、 できなかった。 その無力さが、 胸に残りました。 それからも、 私は何度も考えました。 どこから、 おかしくなっていったのか。 お嫁さんが来たばかりの頃は、 もっと普通だった気がします。 ぎこちなさはあっても、 きちんと挨拶をして、 気を遣っている様子もあった。 それが、 少しずつ変わっていった。 その変化を、 私は見ていたはずなのに、 深く考えなかった。 「若いからね」 「慣れてないだけよ」 そう言って、 流してしまった。 でも本当は、 その時すでに、 何かが始まっていたのかもしれません。 主人の言葉に、 傷ついていた時間が。 そして、 それを見て見ぬふりをしていた、 私の時間が。 息子に言われた言葉が、 頭から離れませんでした。 「母さんも同じだよ」 あの言葉は、 思っていたよりも、 深く残りました。 私は、 自分は違うと思っていました。 主人とは違うと。 でも、 違わなかったんです。 止めなかった時点で、 同じ側にいた。 そういうことだったのだと、 少しずつ分かってきました。 ある日、 ふと、 お嫁さんの表情を思い出しました。 何かを言われたあと、 一瞬だけ、 視線を落とした顔。 あの時、 私は何をしていただろう。 笑って、 話を続けていた気がします。 そのまま、 何もなかったように。 あの一瞬を、 見過ごしていた。 それが、 今になって、 はっきりと浮かんできました。 胸の奥が、 重くなりました。 私は、 守るべき側にいなかったのかもしれない。 そう思った時、 言いようのない気持ちになりました。 それでも、 どうしても、 納得できない気持ちも残っていました。 会いたくないと言われるほどのことだったのか。 電話も、 来ることも、 全部断つほどのことだったのか。 そこが、 どうしても引っかかっていました。 私は、 机の上に置いたままの携帯を、 何度も見ました。 連絡したいと思う気持ちと、 怖い気持ちが、 交互に来ました。 もしまた、 同じことを言われたら。 それを考えると、 指が止まりました。 結局、 何もできないまま、 時間だけが過ぎていきました。 時計の音だけが、 やけに大きく聞こえる夜が、 増えていきました。 カチ、 カチ、 カチ。 あの音を聞いていると、 何かが少しずつ遠ざかっていくような気がしました。 息子との距離も、 お嫁さんとの距離も、 戻らないまま、 離れていくような。 そして、 その原因の一部が、 自分にもあったと気づいた時、 何かが、 静かに崩れた気がしました。 私はもう、 ただの被害者ではいられなくなっていました。 そのことだけは、 はっきりしていました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート3】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あれから、 家の中は、 ずっと静かです。 食卓に座ると、 向かいの椅子を、 つい見てしまいます。 誰もいないのに。 そこに、 誰かがいた時間を、 まだ覚えているからかもしれません。 湯のみを手に取ると、 少しだけ手が震えます。 昔はこんなこと、 なかったのにと、 ふと思います。 時計の音は、 相変わらずです。 カチ、 カチ、 カチ。 その音を聞きながら、 私はよく、 あの日のことを思い出します。 「しばらく、来ないでほしい」 あの一言は、 今でも、 はっきり残っています。 あの時、 私は、 お嫁さんのことばかり考えていました。 どうしてあんな態度を取るのか。 どうして距離を置くのか。 全部、 あの人のせいだと、 思っていました。 でも今は、 少しだけ違う見方をするようになりました。 あの人は、 ずっと、 何かを我慢していたのかもしれません。 その時間に、 私は気づかなかった。 気づこうともしなかった。 それが、 今になって、 じわじわと分かってきたんです。 主人は、 今でも変わりません。 あの日の話になると、 すぐに顔をしかめます。 「向こうが悪い」 そう言い切ります。 私は、 その言葉を聞きながら、 何も言いません。 言えなくなってしまいました。 昔のように、 軽く流すことが、 もうできなくなったからです。 あの時、 止めなかったことが、 どれだけ重いのかを、 今になって知ってしまったから。 私は、 あの場にいたのに、 何もしなかった。 その事実は、 消えません。 ある日、 誰もいない部屋で、 カーテンを少し開けました。 夕方の光が、 ゆっくりと差し込んできて、 床に広がりました。 その光を見ながら、 私はしばらく立っていました。 静かでした。 でも、 前とは違う静けさでした。 何も考えないようにしていた頃の静けさではなく、 少しだけ、 受け止めたあとの静けさでした。 息子のことは、 今でも気になります。 元気にしているのか。 無理をしていないか。 孫は、 もうずいぶん大きくなったでしょうか。 そんなことばかり、 考えています。 会いたい気持ちは、 消えていません。 むしろ、 前より強くなっている気もします。 でも、 前のように、 ただ「戻ってほしい」とは、 思わなくなりました。 戻ることは、 たぶんないと、 どこかで分かってしまったからです。 あの子は、 もう別の場所で生きている。 その中に、 私が入れるかどうかは、 私の気持ちだけでは決まらない。 それも、 分かりました。 だからといって、 諦めきれたわけではありません。 時々、 携帯を見て、 連絡しようか迷うこともあります。 何度も、 画面を開いて、 閉じてを繰り返します。 でも、 最後には、 何も送らないまま終わります。 あの言葉が、 まだどこかに残っているからです。 「来ないでほしい」 あの一言は、 距離だけでなく、 時間も止めてしまった気がします。 それでも、 私はここで暮らしています。 湯のみを手にして、 時計の音を聞いて、 夕方の光を見ながら。 その中で、 時々、 あの子のことを思い出す。 それだけの毎日です。 これから、 どうなるのかは分かりません。 また会える日が来るのか。 このままなのか。 何も分かりません。 でも、 ひとつだけ、 今思うことがあります。 もしあの時、 ほんの少しでも、 違う言葉をかけていたら。 もしあの時、 止めることができていたら。 何かは、 変わっていたのかもしれないと。 そんなことを、 考えてしまう日があります。 でも、 その答えは、 もう確かめることができません。 だから私は、 今日も、 この静かな部屋で、 過ごしています。 少しだけ、 前よりゆっくりと、 時間が流れている気がしながら。
文字数: 0
保存
投稿完了
未処理
確認済
台本作成中
台本完成
投稿済
32
跡継ぎを産むように息子夫婦に要求したら絶縁状が送られてきました。 地方在住60代夫婦です。お見...
①【核となる事実】 ・主人公は地方在住の60代女性 ・夫は引退しており、気難しく厳しい性格である ・家族は夫、未婚の次男、主人公の三人暮らし ・長男は30代後半で結婚し、都内で暮らしている ・長男夫婦には9歳の娘が一人いる ・長男夫婦は二人目の子どもを作っていない ・主人公夫婦は正月のたびに、跡継ぎ、できれば男の子を産むよう求めていた ・長男は「まだ早い」「お金がない」など曖昧に返していた ・主人公は、長男夫婦には生活の余裕があるように見えていた ・長男夫婦は正月も帰省しなくなった ・夫は長男に、相続や親戚付き合い、跡取り、親孝行について手紙を送った ・3通目の手紙のあと、長男から「これ以上口出ししたら絶縁する」と返事が来た ・帰省しなくなった理由として、跡取りの催促がうるさいことが挙げられた ・前回の帰省では、夫がお嫁さんに掃除などの手伝いを求め、断られて怒鳴った ・主人公は、お嫁さんとの関係は良好だと思っていた ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート1】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「これ以上、俺たちのことに口を出すなら、絶縁する」 その一文を読んだ瞬間、 手が止まりました。 指先に力が入らなくなって、 持っていた手紙が、 かすかに揺れました。 絶縁する。 その五文字だけが、 先に胸の奥へ入ってきて、 あとの言葉が、 うまく頭に入ってきませんでした。 息が、 浅くなっていました。 喉の奥が、 急に乾いて、 一度、 唾を飲み込もうとしても、 うまくいきませんでした。 私はその場で、 しばらく動けませんでした。 誰もいない部屋で、 手紙を持ったまま、 ただ立っていました。 時計の音が、 やけに大きく聞こえました。 カチ、 カチ、 カチ。 時間だけが進んでいくのに、 私だけ、 その一文の前で止まってしまったようでした。 絶縁。 うちの息子が、 そんな言葉を使うなんて。 私は何度も、 その文字を見返しました。 読み間違いではないかと思ったんです。 何かの勢いで、 きつい書き方になってしまっただけではないかと。 でも、 何度読んでも、 書いてあることは同じでした。 これ以上、 口を出すなら、 絶縁する。 そこまで言われるほど、 私たちは、 ひどいことをしてきたんだろうか。 その時の私は、 正直、 分かりませんでした。 驚きが先で、 悲しいのか、 悔しいのか、 それすらよく分からなかったんです。 ただ、 胸の真ん中に、 重たい石のようなものが落ちてきて、 それがじわじわ広がっていく、 そんな感じでした。 夕方の光が、 カーテンの隙間から細く差していました。 その光が、 手紙の端にかかっていて、 白い紙だけが妙に明るく見えました。 食卓の上には、 さっきまで飲んでいた湯のみがありました。 もうお茶はぬるくなっているはずなのに、 私は口をつけることもできませんでした。 主人が送った三通目の手紙に対する、 ようやくの返事でした。 今までも、 何度かこちらの思いは伝えてきたんです。 長男なんだから。 家のこともあるんだから。 田畑もあるし、 親戚づきあいもある。 寺とのつながりだってある。 この土地で生きてきた人間なら、 そういうものを背負っていくのは、 当たり前だと思っていました。 それに、 孫が一人だけというのも、 どうしても気になっていました。 最初の孫が生まれてから、 もう九年です。 かわいい女の子です。 それはそれで、 もちろん大事な孫です。 でも、 そのあとがない。 正月に帰ってくるたびに、 主人は言っていました。 早く跡継ぎを。 できれば男の子を。 私は横で聞きながら、 強くは言わなくても、 同じ気持ちでいました。 お嫁さんは、 何も言いませんでした。 笑うわけでもなく、 嫌な顔をするわけでもなく、 ただ、 黙っていたんです。 息子も、 「まだ早い」とか、 「お金がない」とか、 はっきりしない返事ばかりでした。 でも私は、 そのたびに、 本当の理由ではないんじゃないかと、 どこかで思っていました。 だって、 話を聞いていると、 暮らしに困っているようには見えなかったからです。 孫は私立の小学校に通っていると聞きました。 旅行にもよく行っているようでした。 夫婦で楽しそうに暮らしているのなら、 なぜもう一人産まないのか。 そこが、 私にはずっと分かりませんでした。 世間では、 二人、三人と続けて産む人だっているのに。 一人で終わりなんて、 そんなことがあるんだろうかと、 本気で思っていました。 だからこそ、 主人も焦ったんだと思います。 年を取ってきて、 体の衰えを感じることもあって、 先のことを気にするようになっていました。 長男には、 期待していたんです。 大学も、 結婚も、 親の援助に頼らずやってきた子でした。 しっかりしている。 親孝行だ。 そう思ってきました。 だから余計に、 こちらの気持ちも、 分かってくれると思っていたんです。 それが、 この手紙です。 絶縁する。 そこまで言われるなんて、 思ってもみませんでした。 私は椅子に腰を下ろしました。 足に力が入らなくなっていたんです。 食卓の上に手紙を置いても、 目はそこから離れませんでした。 紙の上の文字が、 やけに黒く見えました。 そこには、 帰省しなくなった理由も書いてありました。 跡取りの催促が、 うるさいこと。 そして、 前に帰ってきた時のこと。 もっと早く帰ってきて、 掃除などを手伝うようにと主人がお嫁さんに言い、 断られたから、 怒鳴りつけたこと。 そのことが原因だと、 そう書いてありました。 私は、 そこを読んだ時、 胸の奥が少しざわつきました。 たしかに、 そんなことはありました。 主人は昔から、 思ったことをそのまま口にする人です。 気難しくて、 厳しいところもある。 嫁なんだから、 そのくらい当然だろう、 そういう考えも、 たしかに持っています。 あの時も、 声を荒げました。 お嫁さんは、 顔をこわばらせていました。 でも主人は、 その場で謝ったんです。 だから私は、 もう済んだことだと思っていました。 過ぎたことだと。 けれど、 本当は、 過ぎていなかったんですね。 その時の私は、 そこまで思い至りませんでした。 ただ、 どうしてそこまで大きな話になるのか、 分からなかったんです。 怒鳴ったことは悪かった。 それは分かります。 でも、 それで帰省をやめるほどなのか。 それで、 親と縁を切るなどと書くほどなのか。 私たちは、 そこまで憎まれていたのか。 その疑問が、 頭の中で何度も繰り返されました。 お嫁さんとの関係は、 私は悪くないと思っていたんです。 むしろ、 うまくやれているつもりでした。 会えば普通に話していたし、 表立って揉めたこともなかった。 だから、 なおさら分かりませんでした。 あの人は、 いつからそんなふうに思っていたんだろう。 黙っていたあの時、 何を考えていたんだろう。 何も言わなかったのは、 気にしていなかったからじゃなくて、 言えなかっただけだったんだろうか。 そう思い始めると、 今までの正月の食卓の景色が、 少しずつ違って見えてきました。 主人が話し、 私が横でうなずき、 息子が曖昧に笑って、 お嫁さんが黙っている。 あの沈黙は、 何だったんだろう。 ただ遠慮していただけなのか。 それとも、 もうあの頃から、 心の中で距離を置かれていたのか。 私は手紙を見つめたまま、 何度もそんなことを考えました。 でも、 答えは出ませんでした。 出たのはただ一つ、 もう前と同じようにはいかないのかもしれない、 という、 嫌な予感だけでした。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート2】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あの手紙を読んだあと、 しばらく私は、 主人にすぐ見せることができませんでした。 見せたら、 きっと怒る。 そう思ったからです。 でも、 隠したままでいられるはずもなくて、 夕方になって、 食卓についた時、 私は手紙を主人の前に置きました。 主人は黙って読みました。 最初のうちは、 何も言わなかったんです。 けれど、 読み進めるうちに、 眉のあたりが少しずつ固くなっていって、 最後まで読むと、 手紙を畳みもせず、 そのまま机に置きました。 「勝手なことを言う」 その一言で、 私は、 ああやっぱりと思いました。 主人は、 絶縁という言葉に驚いたというより、 腹を立てていました。 「親に向かって何だ、その言い方は」 声は低かったのに、 私はその声を聞いただけで、 胸のあたりがきゅっとなりました。 私は何か言おうとして、 でも、 うまく言葉が出ませんでした。 たしかに、 言い方はきつい。 でも、 そこまで言わせた理由があるんじゃないか。 そう思っても、 それをそのまま主人に返せるほど、 私は強くありませんでした。 主人は、 すぐに次の手紙を書くと言いました。 そんなことを言わせるのは、 向こうが間違っている。 長男としての自覚がない。 親の気持ちも、 家の事情も、 分かっていない。 そう言いながら、 怒りがおさまらない様子でした。 私はその時、 ようやく怖くなったんです。 ここでまた何か言えば、 本当に戻れなくなるかもしれないと。 それなのに、 私は主人を止めきれませんでした。 「もう少し時間を置いたほうが……」 そう言うのが精一杯でした。 主人は、 私の顔も見ずに言いました。 「時間を置いたら、 ますます好き勝手になるだけだ」 その言葉を聞いて、 私は黙りました。 またです。 また私は、 その場をおさめるふりをして、 結局、 何も変えられなかった。 今思うと、 ああいう積み重ねだったんだと思います。 主人が言いすぎても、 私は本気では止めない。 後から小さく、 「あれはちょっと……」と言うだけ。 その場で、 相手の前では何も言わない。 それを何度も繰り返してきた。 私はそれを、 夫婦のかたちだと思っていたのかもしれません。 外でまで揉め事を大きくしないように。 恥をかかせないように。 そういう気持ちもありました。 でもその結果、 誰が傷ついたのかと考えると、 答えはもう出ている気がしました。 お嫁さんは、 あの家に来るたびに、 少しずつ言葉を失っていったのかもしれません。 主人の前で、 何を言えばまた機嫌を損ねるか分からない。 私も助けてくれない。 そう思ったら、 黙るしかなかったのかもしれません。 そこまで考えた時、 手紙に書かれていたことが、 急に現実味を持ち始めました。 前に帰省した時のことです。 主人は、 もっと早く来て掃除を手伝うようにと、 お嫁さんに言いました。 その言い方も、 柔らかいものではありませんでした。 お嫁さんは困ったように、 でもはっきり断りました。 そのあと、 主人の声が大きくなった。 私は覚えています。 あの時の空気を。 部屋の温度まで変わったような、 あの張りつめた感じを。 お嫁さんの顔も、 息子の表情も。 それなのに私は、 その場で強く止めなかった。 「まあまあ」 それくらいの言葉しか出なかったんです。 主人はあとで謝りました。 それで済んだと思っていました。 でも、 済んでいなかった。 あの時のことは、 向こうの中では、 ちゃんと残っていたんです。 謝ったから終わりではなかった。 怒鳴られた事実も、 守ってもらえなかった事実も、 そのまま残っていた。 それを今になって思うと、 胸が重くなりました。 私は、 お嫁さんとの関係は悪くないと思っていました。 表立って揉めてもいないし、 会えば普通に話していたからです。 でも、 普通に見えていただけなのかもしれません。 向こうが我慢して、 波風を立てなかっただけで、 私はそれを、 関係が良いと勝手に思っていただけなのかもしれない。 そのことに気づいた時、 食卓の上の景色まで、 少し違って見えました。 お正月に集まった時のことです。 主人が跡取りの話をする。 できれば男の子を、と言う。 息子が曖昧に笑う。 お嫁さんは黙る。 私は横で、 空気を変えることもせずに、 ただ話が終わるのを待っていた。 あの沈黙の意味を、 私は何も考えていませんでした。 言い返さないのだから、 受け流しているんだろう。 そのくらいにしか思っていなかった。 でも違ったのかもしれません。 言い返さなかったんじゃなくて、 言えなかった。 もう何を言っても通じないと、 思われていたのかもしれません。 そう考えると、 ぞっとしました。 私たちは、 ずっと自分たちの話ばかりしていたんですね。 家のこと。 田畑のこと。 親戚づきあい。 寺とのつながり。 長男としての責任。 親孝行。 どれも、 こちらにとっては大事なことでした。 でも、 向こうにとっては、 押しつけにしか聞こえなかったのかもしれません。 自分たちの暮らしがあるのに、 その中にこちらの都合ばかりを持ち込まれているように、 感じていたのかもしれません。 それでも私は、 どこかでまだ思っていました。 そこまで悪いことだったんだろうか、と。 親が家のことを心配して何が悪いのか。 孫をもう一人と思って何が悪いのか。 そういう気持ちが、 消えたわけではなかったんです。 だから余計に、 苦しかった。 自分たちが間違っていたのかもしれない。 でも、 全部が全部、 悪意だったわけじゃない。 その間で、 気持ちが行ったり来たりしました。 ただ、 ひとつだけ、 はっきりしたことがありました。 あの手紙で壊れたのは、 単に帰省の習慣ではなかったんです。 私が勝手に信じていた、 「うちはまだ繋がっている」という感覚でした。 息子は、 もう曖昧にごまかすのをやめた。 言葉にして、 線を引いた。 ここから先は入ってくるなと、 はっきり示した。 それが、 一番こたえました。 私はその時やっと、 自分たちが思っていた以上に、 向こうを追い詰めていたのかもしれないと、 そう思い始めたんです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート3】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ あれから、 家の中の時間の流れが、 少し変わった気がします。 同じように朝が来て、 同じように夜になるのに、 どこか、 ゆっくりになったような、 そんな感じがするんです。 食卓に座ると、 自然と向かいの席を見てしまいます。 前は、 そこに誰かがいた気がして。 湯のみを置く音が、 やけに大きく響きます。 カタン、と。 その音を聞くたびに、 何かがひとつ、 終わったような気がするんです。 時計の音も、 変わらず聞こえます。 カチ、 カチ、 カチ。 あの手紙を読んだ日から、 ずっと同じ音のはずなのに、 前より、 少しだけ遠くに感じます。 主人は、 相変わらずです。 あの話になると、 顔をしかめて、 「向こうが間違っている」と言います。 その言葉を聞いても、 私は何も言いません。 言えなくなってしまいました。 前のように、 軽く流すこともできないし、 強く否定することもできない。 その間に、 ただ座っているだけです。 ある日、 誰もいない部屋で、 カーテンを少し開けました。 夕方の光が、 ゆっくりと床に広がっていきました。 その光を見ながら、 私はしばらく立っていました。 静かでした。 本当に、 静かでした。 でも、 前のように、 ただ苦しいだけの静けさではなかったんです。 少しだけ、 考えたあとの静けさでした。 私はずっと、 お嫁さんのことを、 分かっているつもりでいました。 関係は悪くないと、 思っていました。 でも、 分かっていなかったんですね。 見えている範囲でしか、 見ていなかった。 その奥にあるものを、 考えようとしなかった。 それが、 今になって、 少しずつ見えてきました。 あの人は、 何も言わなかったけれど、 何も感じていなかったわけじゃない。 むしろ、 ずっと感じていたのかもしれません。 ただ、 それを言う場所が、 なかっただけで。 私は、 その場所を作れなかった。 作ろうともしなかった。 それが、 一番のことだったのかもしれません。 それでも、 全部を受け入れられたわけではありません。 どうしてそこまで言われなければならなかったのか。 絶縁なんて言葉まで使われるほどだったのか。 その疑問は、 まだ残っています。 でも、 あの手紙の言葉だけが、 すべてではない気もしています。 そこに至るまでの、 積み重ねがあったはずで、 その中に、 私たちの見えなかったものが、 いくつもあったのかもしれません。 息子のことを考えることも、 減ってはいません。 むしろ、 前よりも、 静かに思い出すことが増えました。 元気にしているのか。 孫はどれくらい大きくなったのか。 そんなことばかりです。 連絡を取りたいと思うこともあります。 声を聞きたいと思うこともあります。 でも、 すぐには動きません。 あの言葉が、 まだどこかに残っているからです。 「絶縁する」 あの一言は、 簡単には消えません。 それでも、 私はここで暮らしています。 湯のみを手にして、 時計の音を聞いて、 夕方の光を見ながら。 その中で、 時々、 あの子のことを思い出す。 それだけの毎日です。 これから、 どうなるのかは分かりません。 また会える日が来るのか。 このままなのか。 何も分かりません。 ただ、 ひとつだけ思うことがあります。 もしあの時、 ほんの少しでも、 違う言葉を選んでいたら。 もしあの時、 ほんの少しでも、 止めることができていたら。 何かは、 変わっていたのかもしれないと。 そんなことを、 考える日があります。 でも、 その答えは、 もう確かめることができません。 だから私は、 今日も、 この静かな部屋で、 同じように過ごしています。 少しだけ、 前よりも、 ゆっくりとした時間の中で。
文字数: 0
保存
投稿完了
未処理
確認済
台本作成中
台本完成
投稿済
22
母親の人生って何んだったのだろうか?とても悲しいです。 年老いてきた母の背中が小さく見えて悲し...
━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート1】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「……あんたたちには、何も期待してないから」 その一言で、 手に持っていた湯のみが、 わずかに揺れました。 中のお茶が、 ふちぎりぎりまで揺れて、 こぼれそうになっていたのに、 私は、 それを持ち直すこともできませんでした。 息が、 浅くなっていました。 母は、 こちらを見ていませんでした。 食卓の向こうで、 ただ、 いつものように箸を動かしているだけ。 まるで、 何でもないことを言ったかのように。 けれど、 耳の奥で、 その言葉だけが、 何度も、 何度も、 繰り返されていました。 ――期待してない。 時計の針の音が、 やけに大きく聞こえました。 カチ、 カチ、 カチ…… 時間だけが、 先に進んでいくのに、 私は、 そこから動けませんでした。 何を言われたのか、 理解しているはずなのに、 意味が、 うまく入ってこない。 怒られているわけでもない。 責められているわけでもない。 ただ、 突き放されたような、 そんな感覚だけが、 胸の奥に残っていました。 その時、 どうしてそんな言葉を言われたのか、 私は、 分かっていなかったと思います。 いや、 分かろうとしなかったのかもしれません。 ただ、 ひとつだけ、 小さな違和感がありました。 母は、 昔から、 そういう顔をする人だったな、と。 夕方の光が、 カーテンの隙間から差し込んで、 部屋の中を、 ぼんやりとオレンジ色に染めていました。 その光の中で見る母の背中は、 少し、 小さく見えました。 私は、 その背中を見ながら、 なぜか、 ずっと前のことを思い出していました。 まだ、 私が小さかった頃のことです。 あの頃から、 母は、 あまり笑う人ではありませんでした。 笑っていないわけではない。 でも、 心から、 という感じではなかった。 どこか、 遠くを見ているような、 そんな顔をしていました。 私は、 子供ながらに、 それを、 不思議に思っていました。 どうして、 母は、 こんな顔をするんだろう、と。 ある日、 台所で、 母と二人きりになった時のことです。 水の音が、 やけに大きく響いていました。 母は、 洗い物をしながら、 ぽつりと、 言いました。 「お母さんね……本当は、別の人が好きだったの」 その時のことを、 今でも、 はっきり覚えています。 私は、 何を言われているのか、 分かりませんでした。 ただ、 胸の奥が、 ざわついたのを覚えています。 母は、 続けました。 「でもね、家のことがあるから……」 そこから先の言葉は、 よく覚えていません。 水の音と、 食器の触れ合う音に、 全部、 かき消されてしまったような気がします。 ただ、 ひとつだけ、 残っている感覚があります。 それは、 ――ああ、この人は、好きでここにいるわけじゃないんだ という、 言葉にならない理解でした。 その日から、 私は、 少しだけ、 母のことを違う目で見るようになりました。 食卓で向かい合っていても、 どこか、 距離があるような気がしていました。 父は、 優しい人でした。 怒鳴ることもないし、 理不尽なことも言わない。 どちらかといえば、 静かで、 穏やかな人でした。 けれど、 母は、 父の方を、 あまり見ませんでした。 話しかけられても、 必要なことだけ答える。 それ以上は、 続けない。 そのやり取りを、 何度も見てきました。 私は、 それを見ながら、 子供なりに、 考えていました。 どうして、 この二人は、 一緒にいるんだろう、と。 どうして、 こんなに静かなのに、 どこか、 冷たいんだろう、と。 答えは、 ずっと後になって、 分かったような気がします。 でも、 その頃の私は、 ただ、 不安でした。 自分は、 この二人から、 生まれてきたんだ、と。 それが、 嬉しいとか、 誇らしいとか、 そういう感情ではなくて、 どこか、 申し訳ないような、 そんな気持ちでした。 あの時の母の言葉が、 ずっと、 頭の中に残っていました。 「本当は、別の人が好きだった」 それを聞いてしまった私は、 もう、 元には戻れなかったのかもしれません。 それでも、 時間は進んでいきました。 私は大人になり、 結婚もしました。 兄は、 一人で生きていくことを選びました。 そして、 気づけば、 母は、 年を重ねていました。 背中は、 さらに小さくなり、 動きも、 ゆっくりになっていました。 それでも、 母は、 変わらず働いていました。 ずっと、 ずっと。 そして、 あの食卓での一言に、 戻るのです。 「……あんたたちには、何も期待してないから」 あの時の言葉の意味を、 私はまだ、 きちんと理解できていませんでした。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート2】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 母のその言葉を聞いたあとも、 食卓の上には、 いつものおかずが並んでいました。 味噌汁の湯気が立って、 箸の先が小さく皿に触れる音がして、 何もかも、 いつも通りでした。 それなのに、 私の中だけ、 急に何かがずれてしまったようでした。 「期待してない」 あの一言は、 責める言い方ではなかったんです。 むしろ、 あまりにも静かで、 あまりにも諦めた声だった。 だからこそ、 余計につらかった。 怒ってくれたほうが、 まだ楽だったかもしれません。 孫の顔が見たい、 どうして子供を産まないの、 そう言われたほうが、 私はまだ、 言い返すこともできたと思います。 でも母は、 そう言わなかった。 ただ、 何かをしまいこむように、 言ったんです。 ああ、 この人は、 ずっと前から諦めることに慣れてしまっているんだな、と、 その時、 そんなことを思いました。 母は若い頃、 自分の気持ちより、 家の事情を先にした人でした。 好きでもない父と結婚して、 子供を産んで、 家のために働いてきた。 その話を、 私は物心がついた頃には、 もう知っていました。 はっきり説明されたわけじゃありません。 でも、 遠回しに、 何度も、 そう感じさせる言葉があったんです。 「昔はね、自分の好きなようにはできなかったのよ」 「家のためっていうのが、先だったから」 「今みたいに、自由じゃなかったの」 母はそう言って、 少し笑うことがありました。 でも、 その笑い方が、 私はずっと苦手でした。 笑っているのに、 目だけが笑っていない。 口元だけを少し動かして、 それで終わる。 子供の頃の私は、 その顔を見るたびに、 何か悪いことを聞いてしまったような気持ちになりました。 父は、 相変わらず穏やかな人でした。 家の中で大きな声を出すことはなく、 母に対しても、 いつも気を遣っていたように思います。 けれど、 その優しさが、 母の心を動かしたことは、 たぶん一度もなかったんでしょう。 それが私には、 見ていてつらかった。 良い人なのに、 愛されていない人。 その父の姿を見ていると、 胸の奥に、 冷たいものがたまっていくようでした。 母がかわいそうで、 父もかわいそうで、 その二人の間から生まれてきた私自身も、 どこか居場所がないような気がしていました。 子供の頃は、 それをうまく言葉にできませんでした。 でも年を重ねるうちに、 少しずつ、 はっきりしてきたんです。 私は、 母の人生の続きを、 自分の体で引き受けるのが怖かったんだと思います。 女だから、 結婚して、 子供を産んで、 家のために生きる。 それが当たり前のように流れていく人生を、 私はどうしても、 幸せなものとして見ることができなかった。 母を見ていたからです。 働きづめで、 疲れていて、 昔のことを完全には飲み込めないまま、 それでも毎日を回していた母を見ていたから。 だから私は、 結婚はしても、 子供を持たないと決めました。 いろいろな事情がありました。 けれど、 その奥の奥には、 たぶん、 あの家で見てきたものがあったんです。 私は、 誰かのためだからと自分を押し込めて、 その結果、 いつか心のどこかで、 「本当は違った」と思ってしまうような生き方が、 怖かった。 兄は兄で、 独身のままです。 兄がどういう思いでそうしているのか、 私は全部は知りません。 でも、 同じ家で育った人間として、 何となく分かる気もするんです。 私たちは、 家族というものを、 あまり温かいものとして受け取れなかったのかもしれません。 もちろん、 不幸だったと決めつけるつもりはありません。 食卓を囲んだ記憶もあるし、 父が優しかったことも本当です。 母が毎日きちんと家を回していたことも、 事実です。 けれど、 その土台のどこかに、 ずっと小さなひびのようなものがあった。 それを、 子供はちゃんと見てしまうんですね。 大人が思う以上に、 気づいてしまう。 母はきっと、 私たちには分からないと思っていたんだと思います。 でも、 分かっていました。 言葉の端々で。 父を見る時の目で。 誰もいない部屋で、 ふっと力が抜けたように座る背中で。 夕方になると、 カーテン越しの光が部屋を薄く染めて、 母はその中で、 じっと動かないことがありました。 台所仕事の手を止めて、 窓の外でもなく、 時計でもなく、 どこでもない場所を見ている。 私はその横顔を見るたび、 この人は今、 何を考えているんだろうと思っていました。 後悔なのか。 諦めなのか。 それとも、 何も考えないようにしていたのか。 聞けませんでした。 聞いたら、 壊れてしまう気がしたからです。 母と私の関係は、 表面では穏やかでした。 喧嘩ばかりしていたわけではありません。 むしろ、 大きくぶつかった記憶は少ないです。 でも、 近いわけでもなかった。 抱きしめられた記憶も、 あまりありません。 「あなたがいてよかった」 そんな言葉を、 一度でも聞いたことがあっただろうかと、 今になって考えます。 たぶん、 ないんです。 母が私を嫌っていたとは思いません。 それでも、 愛されているという実感とは、 少し違いました。 必要だから育てた。 責任があるから世話をした。 そんな湿り気のない感覚が、 どこかにありました。 私はそれを、 ずっと見ないふりをしてきたんです。 でも、 母が年を取って、 背中が目に見えて小さくなってきて、 そして孫の話が、 家の中で避けきれないものになってきた頃から、 その見ないふりができなくなりました。 親戚の家に孫が生まれた話。 近所の誰それが、 おばあちゃんになった話。 テレビの中の赤ん坊を見て、 母がほんの一瞬だけ目を細めること。 そのどれもが、 私の胸に引っかかりました。 母は、 「早く孫の顔が見たい」なんて、 強くは言いませんでした。 だから余計に、 つらかったんです。 言わないからこそ、 その寂しさが消えていないことが、 分かってしまう。 そして私は、 その願いだけは、 どうしても叶えてあげられない。 兄にも無理で、 私にも無理。 二人も子供がいるのに、 孫が一人もいない。 その現実が、 母の人生の最後の空白のように感じられてしまって、 私は勝手に、 苦しくなっていました。 決定的だったのは、 ある日、 母の背中を見た時でした。 誰もいない部屋で、 母は一人で座っていました。 テレビはついていたのに、 見ていませんでした。 食卓の上には、 飲みかけの湯のみがひとつ。 部屋の隅では、 時計の音だけがしていました。 私は、 その後ろ姿を見て、 言いようのない気持ちになりました。 小さい。 こんなに小さかっただろうか。 昔は、 もっと大きな人だったはずなんです。 怖いとか、 厳しいとかではなくても、 家の中心にいる人でした。 その母が、 今は、 光の薄い部屋の中で、 自分の影と同じくらい静かに座っている。 その姿を見た瞬間、 私ははっきり思ってしまったんです。 この人は、 自分のために生きた時間が、 どれくらいあったんだろう、と。 家のために結婚して、 子供を産んで、 働いて、 ずっと何かを支えてきて、 最後に残ったものが、 この静かな背中だけだとしたら―― 私は、 なんてことをしてしまったんだろう、 と思いました。 生まれてきたことまで、 急に申し訳なくなったんです。 母は望んで私を産んだのだろうか。 父を愛していないのに、 その間に生まれた私たちは、 母にとって何だったのだろうか。 そこまで考えてしまって、 自分でもおかしいと分かっているのに、 止められませんでした。 胸がいっぱいになって、 息がうまく吸えなかった。 そしてあの日の一言が、 そこで繋がった気がしたんです。 「あんたたちには、何も期待してないから」 あれは、 突き放した言葉じゃなくて、 期待して傷つくことを、 もう自分に許していない人の声だったのかもしれない。 そう思った瞬間、 母と私のあいだで、 ずっと曖昧だったものが、 はっきり壊れる音がした気がしました。 私はもう、 ただの娘ではいられなくなっていました。 母の人生を見てしまった娘として、 そこに立ってしまったんです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【パート3】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今でも、 あの時の母の背中を思い出します。 誰もいない部屋で、 夕方の光に照らされて、 ただ静かに座っていたあの姿。 カーテンがわずかに揺れて、 光が少しだけ動いて、 そのたびに、 母の影の形も、 ゆっくり変わっていました。 あの時、 声をかけることができませんでした。 何を言えばいいのか、 分からなかったんです。 「寂しいの?」とも、 「ごめんね」とも、 言えなかった。 そのどれもが、 違う気がして。 ただ、 立ち止まったまま、 母の背中を見ていました。 今になって思うのは、 あの人は、 何かを求めていたわけではなかったのかもしれない、 ということです。 孫が欲しいとか、 幸せになりたいとか、 そういう分かりやすいものじゃなくて、 もっと前の、 もっと若い頃に、 すでに諦めてしまった何かを、 ただ、 静かに抱えたまま、 ここまで来てしまった人だったのかもしれない。 私はずっと、 母の人生を考えると、 苦しくなっていました。 好きでもない人と結婚して、 子供を産んで、 働いて、 それでいて、 幸せそうに見えなかった。 そのすべてが、 どこか間違っていたように感じてしまっていたんです。 だから、 その中で生まれた自分のことも、 どこかで否定してしまっていた。 「愛のないところから生まれた」 その言葉を、 何度も頭の中で繰り返して、 勝手に、 自分で自分を苦しめていました。 でも、 あの背中を見てから、 少しだけ、 考え方が変わりました。 母は、 不幸だったのかもしれない。 でも、 ずっと不幸だったとは、 言い切れない気もするんです。 毎日、 同じ時間に起きて、 同じように家のことをして、 食卓を整えて、 それを何十年も続けてきた人です。 その中に、 何もなかったとは、 どうしても思えない。 小さなことでも、 何かしら、 自分なりの時間があったのかもしれない。 それを私は、 見ようとしてこなかっただけなのかもしれません。 母の人生を、 「かわいそう」と決めつけてしまうことで、 自分の気持ちを整理しようとしていただけだったのかもしれない。 そう思うようになってから、 少しだけ、 胸の苦しさが和らぎました。 それでも、 罪悪感が消えたわけではありません。 孫を見せてあげられないことは、 やっぱり、 心のどこかに残っています。 でも、 それを埋めるために、 自分の人生を無理に変えることは、 できませんでした。 母がそうしてきたように、 何かを押し込めて生きることは、 私にはできなかった。 それが、 わがままだとしても。 あの人と同じように、 あとで振り返って、 「本当は違った」と思うことだけは、 どうしても避けたかったんです。 だから私は、 このまま生きていきます。 子供を持たないまま、 自分で選んだ形で。 母にとって、 それがどういう意味になるのかは、 正直、 分かりません。 きっと、 寂しさは消えないと思います。 それでも、 あの人はもう、 それを言葉にすることはない気がします。 「期待してない」 あの一言に、 全部、 込めてしまった人だから。 食卓で向かい合っても、 昔と変わらず、 多くは話しません。 味噌汁の湯気が上がって、 時計の音がして、 箸の音が小さく響く。 その静けさの中で、 時々、 ふと、 母の手元を見ることがあります。 少しだけ、 しわが増えて、 動きもゆっくりになっていて、 それでも、 きちんと、 いつものように動いている。 私は、 その手を見ながら、 思うことがあります。 この人は、 この人なりに、 ちゃんと生きてきたんだな、と。 私には分からない時間も、 私が見ていない感情も、 きっと、 たくさんあったはずです。 それを、 全部ひっくるめて、 この人の人生なんだとしたら、 私はもう、 簡単に、 「何だったんだろう」なんて、 言えない気がしています。 それでも時々、 思ってしまうんです。 あの時、 違う選択をしていたら、 この人は、 もっと違う顔で笑っていたのかな、と。 そう考えてしまう自分も、 まだいます。 でも、 それを確かめることは、 もうできません。 だから私は、 今日も、 母と同じ食卓につきます。 何も特別なことは言わずに、 ただ、 向かい合って座るだけです。 それでも、 前より少しだけ、 違って見える気がしています。 母の背中も、 母の手も、 そして、 あの人が過ごしてきた時間も。 すぐには分からないまま、 きっと、 この先も、 少しずつ考え続けていくんだと思います。
文字数: 0
保存
投稿完了
未処理
確認済
台本作成中
台本完成
投稿済
1